落ち込み
ちょっと、落ち込み
- 今日のライブは楽しかった。それは事実。
けれど、「楽しかった」という記号としての記憶はあるのだけれど、実際どんな内容だったのかの記憶が揮発している。
インディーズ・アマチュアミュージシャンのライブでは、写真を撮ることで記憶の補填をしているけれど、プロのライブではもちろん写真は不可。
だから、心に残る何か、がすべてなのだけれど、それが揮発している。
昨日のバニラムードのライブログでもそうだけれど、記憶がすべてのライブログでは、文字化・記号化された感覚を記しただけのライブログになってしまって、実際の詳細はどうなのよ、という記憶が残っていない。
楽しい、てことは確かなんだけど、じゃぁ、何が楽しかったの?って聞かれると、それに対する答えはもう記憶の中にない。
Fried Prideのセッションでみんなで合唱したのは確かなんだけど、何の歌だったのかすら思い出せない。
すでに、脳がだめになっているのか。
あるいは、好きなもの、てのが渇望するほど好きなものではなくなっていて、その時点での刹那的な享楽の対象でしかなくなっているのか。
自分自身の求める物がなんなのか、良くわからない。
- また、やってしまった。
mixiのお気に入りに登録しているかたの日記に「荒らしコメント」を書いてしまった。
「じゃれつく」という表現はていのいい言い訳に過ぎなくて、実際の所は、自分の気のままに、相手がどう思おうが関係なく、自分の好きなことを言い放っているだけ。
気持ちを伝える、という意識が希薄なのか。
もともと他人の存在なんて考えずに行動しているのか。
結婚、ていう夢はあったとしても、この性格が治らないと、他人とのコミュニケーションができない、という状態が改善できない限り、結婚はできないんだと思う。
自己中なんだろうな。
成長できない、という問題点をずっと抱えている。
心が傷まないように、何かがあっても、心を元に戻す機構が私にはあって(心のホメオスタシーみたいなもの)、そのため何かショックを受けてもその時点では反省したり内省したり、自衛のための自閉モードに移ったりするのだけれど、本質の部分では何一つ変化=成長ができない。
だから、時間が経って、自閉モードが解除されると、また同じ過ちを繰り返す。
心が、精神が、ガキのまま止まっている。
何か、よほどなことでもない限り、この自己保持機構を解除できなくて、ずっとそのままなんだろう。
できるなら、一回死んで、もう一度生き直したいんだけど。この人生は失敗だった、ていう結論を出したいんだけど、勇気がなくて終了できずにいる。(これもまた自己保持の部分なのかもしれないけれど。)
どうしたらいいんだろ。ガキだとなにかと生きにくくて困る。
| 固定リンク


最近のコメント