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2008年12月 4日 (木)

映画『ICHI』

うーん、いまいち浸りきれなかったような気が。綾瀬はるかはいい演技なんだけどなぁ。脚本なのかなぁ。

市はごせ。盲目の旅の三味線歌いの女だ。
今日も村の家々をまわり銭を乞う。しかし、今日も寝床は廃寺のお堂のなかだ。
市と同じはぐれごせの女と共になった。その女は男に体を売って銭を稼ぐ女だ。しかし、今日の男は銭を払わない。女をたこ殴りにする。男たちは市を見つける。上玉だと言って、どうせはぐれごせならば男を知った体だろう、と襲おうとする。
そこに通りかかった武士、藤平十馬が男たちを止めようとする。
刀を抜く男たち。しかし十馬はなぜか刀が抜けない。
手持ちの十両の手形で退けさせようとするが、男たちは十両の手形も市も共に手に入れようと十馬に斬りかかる。
そこに一閃。
市の仕込み杖がひらりと舞い、男たちを一人ずつ確実にしとめていく。
その男たちの肩には鬼の文字が掘られていた。
あっけにとられる十馬だが、市の後について、宿場に入る。
賭場に入る十馬と市。負け続けていた十馬だが、市の耳は賽の目を当て、十馬が失った十両を十馬にもたらす。これで貸し借りはなしだ、と言わんばかりに。
しかし、十馬たちは追いかけられていた。勝ち方からいかさまを疑われたのだ。負けた、肩に鬼の文字の男たちが追ってきた。
刀を抜く男たち。しかしやはり十馬は刀を抜くことが出来ない。またも市の仕込み杖がひらり舞い、斬る。
そこに賭場を仕切る白河組の後継ぎが現れ、こいつらは敵対している万鬼党の男たちだと言い、それを5人も一気に斬り殺すとはすごい腕だ、と言い、十馬を用心棒として迎え入れる。
市は宿場はずれの少年に導かれ少年の家に逗留する。少年は母親が欲しかったのだ。
そして、市もまた、盲目の居合い抜きを探していた。
折しも、役人が宿場にやってくる。そこで披露される見せ物に盲目の居合い抜きがいると聞き、市はしばし少年の家に留まる。
しかし、その男は市の探している男ではなかった。
立ち去ろうとする市だったが、役人をもてなしているその時に万鬼党の頭、万鬼たちが宿場に殴り込んでくる。万鬼はかつては徳川の剣術指南役に選ばれたほどの剣の使い手。しかし顔にひどい火傷をおって、その形相の酷さから職を追われ野盗に成り下がった男。
ここでも、また十馬は剣を抜くことが出来ず、めっきがはがれてしまう。その十馬を救ったのはやはり市だった。
しかし市は万鬼のもとへ自ら行き、探している盲目の男の手がかりをつかもうとする。
万鬼と対決することになった市は、しかしながら敗れ、捕らわれの身となる。
その市を救ったのは十馬だった。夜陰に乗じ密かに市を救い出す。
かくして、白河組と万鬼党との対決の幕は切って落とされた。
果たして十馬は抜けない剣を抜くことができるのか。
市は盲目の男を探し出すことができるのか。
そして、万鬼は倒されてしまうのか。
哀しみの物語が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
綾瀬はるかは可愛い。ずたぼろの衣装をまとっていても、顔は綺麗で可愛い。(いや、ご都合的な矛盾なんだけど、それ言ったら綾瀬はるかの魅力が出せないから、それは目をつぶろうね、みんな。)
何が引っかかっているかというと、市の中に在るべき哀しみが表現されていないのですよ。
人斬りというのは、たくさんの業を背負うものだと思う。市は基本的には楽しく人を斬るタイプではないはず。だから人を斬るたびにその業を背負い、哀しみをまとうはずだと思います。それが綾瀬はるかには表現できていなかった。淡々と人を斬るのだけれど、そこに感情が感じられないのです。意図的なのか、脚本のせいなのか、演出の問題なのか、なにか足らないな、と感じてしまう。
もう少し、哀しい存在であるように描いて欲しかったです。
盲目の男のことがわかったときも、市は感情を出すべきじゃなかったのかな、と思います。
むしろ、何事についても無感情であることで、人斬りを生きることとしてしまった女を表現したのかもしれません。
後、十馬。彼にとって実剣がトラウマのはず。だから木刀ならば市をも負かす実力を持っているのだし。実剣を始めて握ったその時に、自分の剣で母を傷つけてしまった、という、実剣は愛するものを壊す、というかなり強いトラウマが刀を抜けない十馬を造りだしているはずなのに、なんであのシーンでは抜けるのか。軽すぎる気がするのですよ。例えば愛しい市の命の危機、みたいな強力な動機づけがないと、トラウマを超えることはできないと思うんだけど、あのシーンではそれほどの動機づけがあったようには思えない。
せっかくの見せ場なのに、あっさりし過ぎていて、物足りないのです。
血しぶきはいっぱい出るので、それは嬉しいのですが、時代劇としての様式美をあえて外していることで、物足りない映画に感じてしまうのが残念です。
綾瀬はるかは可愛いし、十馬役の大沢たかおはへっびり・りりしいし、万鬼役の中村獅童は気持ちいいくらいに悪役だし、いい役者使っているんだけどねぇ。
竹内力が出ていますよ。はっきり悪役。もう、悪役陣がいい役者さん揃えてて、やっぱり時代劇ってのは悪役がちゃんと悪役しないと決まらないねぇ、と思いました。
監督はピンポンの曽利文彦さん。監督の意志でこういう映画になったのだろうけど、誠に残念ながら、私には合わなかったみたいです。
たけしさんの座頭市でもレンタルで借りてみようかしら。

あ、一つ。
座頭市が女になったことによる変化、てのが私にはわからなかった。
女にすることで、何かメッセージが起きるはずなんだけど、それがいまいち希薄な感じがする。
盲目の居合い抜きを追いかけてるのは、女だから、という理由ではなかったし、十馬に対する想いっていうのも、あの描き方ではあっさりしすぎていて、ラストシーンに繋がらないし。
私はもしかしたら、もっと重厚な市を見たかったのかもしれません。すべてに渡ってあっさりしすぎ、というのが違和感の正体のようです。
かえすがえすも残念です。


今日のぽてぽて
ユナイテッドシネマには普通車で行くんだけど、今日は、ライブがあったので、バス・地下鉄・歩きでユナイテッドへ。片道だけで2600歩歩いてます。その後、大通りに出て、ホワイトイルミネーションを見て、ミュンヘン市でばくばく食べまくって、さらに平岸まででフライアーパークまで往復歩く。
そんなことしたら、当然、とんでもない歩数になっちゃうわけで、結局 13452 歩でした。昨日は 7661 歩歩いたから、明日のノルマは当然7000歩に上がっているのだろうなぁ。あぁ、ノルマがだんだんきつくなってきたぞー。

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